世界一のリスナー





― 自分が聴きたい音楽を作るという生き方 ―



私は自分の曲が好きだ。


いや、「好き」という言葉では足りないかもしれない。


世界中のどんな曲よりも、自分が作った曲を聴くのが好きだ。


もちろん、有名なアーティストの曲も聴く。素晴らしい作品はたくさんある。しかし、最終的に私が一番長く聴いているのは、自分自身の曲である。


世間から見れば少し変わっているのかもしれない。


普通、音楽家は多くの人に聴いてもらうことを目指す。再生数を伸ばしたい。ファンを増やしたい。評価されたい。ヒット曲を作りたい。


それらを否定するつもりはない。


しかし、私にとって音楽の出発点は少し違う。


私はまず、自分が聴きたい音楽を作る。


世の中に存在しないなら、自分で作ればいい。


自分が心地よいと思うメロディ、自分が美しいと思う和音、自分が面白いと思う展開を自由に組み合わせる。


そこに最近ではAIも加わった。


私はAIと相談しながら曲を作る。


アイデアを出し合い、試行錯誤し、ときには思いもよらない展開が生まれる。


その過程は、まるで新しい楽器を手に入れたような感覚だ。


そして曲が完成する。


その瞬間が終わりではない。


むしろそこからが始まりである。


私は完成した曲を何度も聴く。


散歩しながら聴く。


ベッドで横になりながら聴く。


バスの中で聴く。


そして思う。


「これ、いい曲だな。」


誰かに褒められたからではない。


再生数が伸びたからでもない。


自分自身がそう感じるのである。


私は作曲家でありながら、自分の作品の一番のファンでもある。


考えてみれば、不思議なことである。


小説家が自分の本を何度も読み返し、心から楽しむ。


料理人が自分の料理ばかり食べて喜ぶ。


それと同じことを私は音楽でやっている。


しかし私は、それでいいと思っている。


なぜなら、音楽の本質は幸福だからだ。


もし自分で作った曲を自分で聴いて幸せになれるなら、その音楽はすでに役割を果たしている。


もちろん、多くの人に聴いてもらえたら嬉しい。


共感してくれる人が増えたらもっと嬉しい。


しかし、それは音楽を作る理由ではない。


音楽を作る理由は、私自身がその音楽を愛しているからだ。


だから私は今日も曲を作る。


そして今日も聴く。


世界で一番のファンとして。


世界で一番のリスナーとして。


コメント

このブログの人気の投稿

恋活戦争 吹いた男と、健全な女たち

恋活戦争 「まあまあの距離」

デスラー 街角のマウント