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デスラー 街角のマウント

   街を歩いていると、やたらと目につく若いカップルがいる。  肩を抱き、身体を寄せ、まるで世界に二人しか存在しないかのように、必要以上にイチャついている。  ――家でやればいいじゃないか。  そう思うのは、たぶん僕だけじゃない。  彼らは愛し合っている、というより、見せつけている。  抱き合う動作の一つひとつが、通行人に向けたメッセージのように感じられる。  「どうせ彼女いないだろ?」  「俺たちはこんなに楽しいぞ?」  言葉にすれば、そんな声が聞こえてきそうだ。  あれは幸福の共有じゃない。  マウントだ。  誰かの心を踏み台にして、自分たちの位置を確認するための行為。  ディスりアクション、と呼ぶのが一番しっくりくる。  僕自身は、正直なところ、そう簡単にマウントを取られるタイプじゃない。  ただ、世の中にはいるだろう。  何気なく視界に入ったその光景に、胸をえぐられる人が。  「自分には何もない」と、静かに傷つく人が。  そういう意味では、ずいぶん性格の悪い遊びだ。  もっとも、あの手のカップルに、深い愛があるようには見えない。  他人を意識している時点で、愛はもう外側に漏れている。  内側で完結していない証拠だ。  だから、羨ましいかと聞かれれば、別にそうでもない。  ……と言いたいところだが、正直に言えば、  まあ、少しだけは羨ましい。  ほんの一瞬だけ。  それ以上でも、それ以下でもない。  街は今日も、誰かの幸福と、誰かの劣等感が交差する場所だ。  そして僕は、そのどちらにも深く踏み込まず、ただ歩いていく。  マウントを避けるように。  それでも、人間であることを忘れないように。

恋活戦争 「まあまあの距離」

 恋愛というものは、だいたいイケメンと美女がやるものだ。  少なくとも、物語の中では。  書店に並ぶ小説も、漫画も、ドラマも、基本はそうだ。  昔、 パタリロ! のような例外もあったが、あれは最初から笑わせるための世界だった。  本気の恋愛とは、少し違う場所にある。  彼女たちは、それを読んで育つ。  恋に憧れ、物語の中に入り込み、現実よりも少し眩しい世界を楽しむ。  それは逃避ではなく、予習のようなものだ。  だが現実は、そう単純ではない。  金。  浮気。  信用。  どれも、物語には都合よく扱われるが、現実では容赦なく重い。  「信用できる男」を見つけるという作業は、恋よりも労働に近い。  イケメンなら安心、というわけでもない。  むしろ逆だ。  選択肢が多い男ほど、疑いも増える。  それでも、  一度くらいはイケメンと恋をしてみたい。  そんな願望が、心のどこかに芽生えるのは自然なことだった。  彼は、その世界に属していない。  鏡を見れば、それは一目で分かる。  自分は選ばれる側ではなく、努力する側だ。  もしイケメンに生まれていたら、  人生はもう少し簡単だったのだろうか。  「貢いであげようか」  そんな言葉を、冗談でも向けられることがあったのかもしれない。  だが現実は違う。  だから彼は、働く。  考える。  まあまあ、懸命に。  生活について考えると、結論は一つに近づく。  共働きがいい。  一人で生きる分には困らない。  だが、誰かを丸ごと背負えるほどの余裕はない。  それは弱さではなく、計算だ。  家事は、難しくない。  やれば終わる。  問題は、誰がやるか、ではない。  どちらが疲れているか、だ。  彼の知る夫婦は、家事の分担を決めていなかった。  決めなくても、回っていた。  余裕のある方が手を出し、しんどい方が休む。  それが自然にできていた。  愛とは、契約ではなく、流れなのだろう。  イケメンでも、美女でもない。  だが、現実を一緒に引き受けられる関係。  それは、物語にはなりにくいが、生活には向いている。  彼はコーヒーを飲み干し、  窓の外を走るバスを眺めた。  まあまあの人生だ。  だが、悪くはない。  そう思えたことが、  その日の、いちばんの収穫だった。

恋活戦争 吹いた男と、健全な女たち

   僕は、恋活の一環として、金の話をしていた。  今思えば、恋活の一環というより、 自爆の一環 だった。  女の人が近くにいると、なぜかスイッチが入る。  別に嘘をついているわけではない。  ただ、言わなくていいことまで言ってしまう。  「レンタルオフィス、持ってまして」  「マンションも、まあ二つほど」  女の人は、コーヒーを飲みながら「へえ」と言う。  この「へえ」は、興味ではない。   警戒 だ。  僕は止まらない。  小説の話に入る。  「例えばですね、1冊1000円として、印税10%で…」  「1万部売れたら100万」  「10万部で1000万」  女の人の眉が、わずかに動く。  だが僕は気づかない。  「で、10万部売れたら翻訳がつく可能性があって」  「海外で100万部いったら、1億ですよ」  言い切った瞬間、  空気が一段冷える。  女の人の頭の中では、  もう結論が出ている。  ――あ、この男、吹いてるな。  ――しかも金の話、いやらしいな。  そして彼女は立ち上がる。  「用事、思い出しました」  その去り方が、実にきれいだ。  怒らない。  責めない。  ただ、消える。  僕は一人、カフェに残る。  グラスの水が、やけに澄んでいる。  しばらくして、ようやく思う。  ――ああ、失敗だったな。  でも同時に、別の考えも浮かぶ。  ああいう女の人は、賢い。  とても賢い。  しょうもない金の話や、  将来の皮算用に騙されない。  それは健全だ。  当たり前だ。  むしろ、信頼できる。  逆に言えば、  僕は「当たり前のテスト」に落ちただけなのだ。  恋活という名の場で、  財務諸表を読み上げ、  未確定の印税を語り、  まだ起きてもいない成功を現金化した男。  そりゃ、逃げる。  次は、  金の話はしないでおこう。  少なくとも、最初の30分は。  そう思いながら、  僕はまたノートを開く。  ――まあ、ネタにはなった。  それでいいじゃないか。