恋活戦争 吹いた男と、健全な女たち

 

 僕は、恋活の一環として、金の話をしていた。

 今思えば、恋活の一環というより、自爆の一環だった。


 女の人が近くにいると、なぜかスイッチが入る。

 別に嘘をついているわけではない。

 ただ、言わなくていいことまで言ってしまう。


 「レンタルオフィス、持ってまして」

 「マンションも、まあ二つほど」


 女の人は、コーヒーを飲みながら「へえ」と言う。

 この「へえ」は、興味ではない。

 警戒だ。


 僕は止まらない。

 小説の話に入る。


 「例えばですね、1冊1000円として、印税10%で…」

 「1万部売れたら100万」

 「10万部で1000万」


 女の人の眉が、わずかに動く。

 だが僕は気づかない。


 「で、10万部売れたら翻訳がつく可能性があって」

 「海外で100万部いったら、1億ですよ」


 言い切った瞬間、

 空気が一段冷える。


 女の人の頭の中では、

 もう結論が出ている。


 ――あ、この男、吹いてるな。

 ――しかも金の話、いやらしいな。


 そして彼女は立ち上がる。

 「用事、思い出しました」


 その去り方が、実にきれいだ。

 怒らない。

 責めない。

 ただ、消える。


 僕は一人、カフェに残る。

 グラスの水が、やけに澄んでいる。


 しばらくして、ようやく思う。

 ――ああ、失敗だったな。


 でも同時に、別の考えも浮かぶ。


 ああいう女の人は、賢い。

 とても賢い。

 しょうもない金の話や、

 将来の皮算用に騙されない。


 それは健全だ。

 当たり前だ。

 むしろ、信頼できる。


 逆に言えば、

 僕は「当たり前のテスト」に落ちただけなのだ。


 恋活という名の場で、

 財務諸表を読み上げ、

 未確定の印税を語り、

 まだ起きてもいない成功を現金化した男。


 そりゃ、逃げる。


 次は、

 金の話はしないでおこう。

 少なくとも、最初の30分は。


 そう思いながら、

 僕はまたノートを開く。


 ――まあ、ネタにはなった。

 それでいいじゃないか。

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