道は変わる

 


夕暮れの風が静かに吹いていた。


男はバス停のベンチに腰掛け、遠くの山を眺めていた。


若い頃の彼は、人生には一本の正しい道があると信じていた。


勉強をして、仕事をして、夢を追いかけて、その先にある答えへたどり着けば、すべてが分かると思っていた。


だから必死だった。


人より前へ進もうとした。


人より強くなろうとした。


人より多くを手に入れようとした。


だが人生は、彼が思っていたほど単純ではなかった。


ある日、目指していた場所へたどり着いた。


すると不思議なことに、そこは終着点ではなかった。


新しい分かれ道が現れたのだ。


さらに進むうちに、また別の道が現れた。


そして気づいた。


人生には最初から決められた一本道など存在しないのだと。


道は歩くたびに変わる。


自分が変われば、見える景色も変わる。


大切だと思っていたものが色あせることもある。


逆に、何気なく通り過ぎた風景が、何年も心に残ることもある。


春に抱いた夢は、夏には形を変えた。


秋には別の願いになり、冬には静かな祈りになった。


それは失敗ではなかった。


成長でもなかった。


ただ、その季節を生きたということだった。


男はこれまでの人生を思い返した。


若い頃は強くなりたかった。


誰にも負けたくなかった。


少し歳を重ねると、今度は勝ちたいと思った。


社会に認められたいと思った。


だが今は違う。


勝つことよりも、心が静かであることを望んでいる。


朝起きて空を見上げられること。


好きな音楽を聴けること。


誰かと笑い合えること。


そんな小さな幸せが、昔よりもずっと大切に思えた。


人生のステージは変わる。


登場人物も変わる。


物語も変わる。


昨日まで主役だった人が去り、思いもよらない人が現れる。


そして自分自身も、少しずつ変わっていく。


だから未来を決めつけるのはやめた。


五年後の自分が何をしているか分からない。


十年後にどこへいるかも分からない。


それでいいと思った。


風の向きが変わるように、人も変わる。


川の流れが形を変えるように、人生も変わる。


大切なのは、変化を恐れないことなのかもしれない。


男は立ち上がった。


空は茜色に染まり始めている。


目の前にはいくつもの道が伸びていた。


どれが正しい道なのかは分からない。


けれど今は、それを知る必要もなかった。


道は選んだ瞬間に始まり、歩くたびに姿を変えていく。


人生とは、答えを探す旅ではなく、自分自身が変わり続ける旅なのだから。


男は小さく笑った。


そして今日もまた、まだ見ぬ景色の向こうへ向かって、静かに歩き出した。


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