ディスラー ベンチと空き瓶

 ベンチに座っていた。

特別な理由はない。ただ、少し腰を下ろしたかっただけだ。


隣のベンチには、飲み終わった瓶が二本、置き去りにされていた。

誰のものかは分からない。

少なくとも、僕のではない。


そこへ、体格のいい男がやってきて、隣に腰を下ろした。

そして、こちらをちらりと見て、鼻から疑うような声で言った。


「……お宅のですか?」


その言い方で、分かる。

質問の形をしているが、確認ではない。

最初から決めつけている声だ。


「違いますよ」


そう答えると、男は僕にはもう興味がないという顔で立ち上がり、

近くの酒屋の店員を呼び止めた。


「これ、片付けてもらえます?」


店員は一瞬、困った顔をした。

忙しい時間帯だ。

それでも「はいはい、わかりました」と言って、瓶を手に取る。


その様子を見ながら、僕は思った。


——ゴミ捨て場は、ある。

フードコートにも、トイレの中にも。

歩いて数十秒の距離だ。


自分で捨てればいい。

それだけの話だ。


それをしない。

代わりに、働いている人間を呼びつける。

そして、あたかも「正しいことをしている」かのような顔をする。


妙な構図だと思った。


僕が何かを言ったからだろうか。

ブツブツと、独り言のように不満を漏らしていたのは確かだ。

それが気に入らなかったのかもしれない。


体が大きいから、圧をかければ引くと思ったのか。

舐めている、というより、試している感じだった。


だが、向こうも相当な緊張を抱えているように見えた。

声は強気でも、動きが落ち着いていない。


最近、街ではよくある。

僕が通ると、席を立つ人がいる。

距離を取る人がいる。


ひんしゅくを買っているのだろう。

それは分かっている。


でも、もう気にしない。

気にしていた時期は、とうに過ぎた。


図太くなった、という言い方が一番近い。

鈍感になったのではない。

いちいち反応しなくなっただけだ。


ディスラーというのは、

相手が傷つくかどうかを、常に探っている。


だから、こちらが図太くなると、

彼らは急にやることがなくなる。


今日もまた一つ、

図太さの必要性を確認しただけの出来事だった。


ベンチに残った空気は、

少しだけ、静かになっていた。


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