ディスラー 人に値段をつける街
街を歩いていると、
数字が飛んでくることがある。
「100円」
「10円」
ときどき
「1,000円」
「2,000円」
値札のない商品に、
勝手に値段をつける声だ。
もちろん、
それは買い物の話じゃない。
人間に向けて投げられる数字だ。
——お前はその程度だ。
——値打ちがない。
そう言いたいだけの、
回りくどい方法。
彼らは直接言わない。
目を見て言わない。
ただ、聞こえる距離で、
独り言のふりをして言う。
それが、この街の
ディスリ・アクションだ。
人を評価しているつもりで、
実は自分の立ち位置を
必死に高く見せようとしている。
マウントを取って、
ほんの一瞬、
自分が上に立った気になる。
そのためなら、
誰かを傷つけても構わない。
そんな人間が、
山ほどいる。
僕は、
このディスリ社会を変えたいと思って、
言葉を投げ続けている。
動画を上げて、
話して、
記録している。
再生数は、
多くて3,000。
少ないときは、400。
正直、
焼け石に水だ。
この街に溢れているディスラーの数に比べたら、
あまりにも小さい声だ。
コメントは、ほとんどない。
反論もない。
ただ、
ぽつり、ぽつりと
「いいね」がつく。
1個。
2個。
多くて3個。
それが何を意味するのか、
はっきりとは分からない。
でも、
直接言い返してこない、
という事実だけは、
妙にリアルだった。
ディスラーは、
間接コミュニケーションの生き物だ。
正面から言葉をぶつける勇気はない。
だから、
数字を投げる。
値段をつける。
人を「物」にして、
自分を守る。
今日もまた、
どこかで誰かが、
人に値段をつけている。
上から目線で、
評価して、
悦に入っている。
その足元で、
静かに傷ついている人がいる。
それだけは、
確かだ。
だから僕は、
今日もこの話をする。
人に値段をつけるな、
とは言わない。
ただ、
それがどれほど卑怯で、
どれほど空虚な行為かを、
淡々と、
記録し続ける。
それしか、
今の僕にはできないのだから。
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