ディスラー 仲良しマウント
今回は、
ディスリ・アクションの中でも
少し分かりにくい種類——
「仲良しマウント」についてだ。
正直に言えば、
僕もやっていた。
そばにいる人を、
とりあえず捕まえる。
おばさんだったり、
若い女の人だったり、
おじさんだったり。
深い意味はない。
ただ話す。
すると不思議なことに、
場の空気は和やかになる。
誰もディスらない。
誰も否定しない。
その瞬間、
自分が
「いい位置」にいる気がする。
上でも下でもない、
でも、
どこか一段高い場所。
——それが、
仲良しマウントだ。
世の中には、
それを自然にやっている人が
たくさんいる。
店で、
お客さんとやたら話し込む店員。
盛り上がっている。
楽しそうだ。
それ自体は、悪くない。
いや、
むしろ、いいことだ。
でも、
よく見ると、
空気の端に
微妙な違和感が漂っている。
「自分は、
ここにちゃんと居場所がある」
そう、
周囲に示しているような。
言葉にはしない。
誇らしげでもない。
ただ、
仲が良い感じを
見せている。
仲良しマウントには、
いくつかの型がある。
カップル・マウント。
ファミリー・マウント。
友達マウント。
前にも話したが、
一番多いのは、
友達マウントかもしれない。
楽しそうに笑う。
内輪の話をする。
視線を外に向けない。
それだけで、
十分に伝わる。
——こちら側じゃない。
誰かを直接傷つけるわけじゃない。
でも、
確実に
誰かを
外に置く。
僕は、
そういうことを
やってきた。
だから、
人のことは言えない。
今だって、
やるかもしれない。
正直、
完全にやめられるとは
思っていない。
仲良くすること自体が、
悪いわけじゃないからだ。
ただ、
それが
「見せるための仲良し」
になった瞬間、
それはもう、
ディスリ・アクションになる。
お互い様、
という気分が
ないわけじゃない。
この街では、
誰もが
少しずつ
マウントを取り合っている。
だからこそ、
せめて
それが
何なのかだけは、
分かっていたい。
仲良しは、
時に優しく、
時に残酷だ。
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