ディスラー 麻酔の午後


桜町のドトール。

昼と夕方の境目で、店内の空気は少しだけだるい。


奥の席に、ディスラーの女の子たちがいた。

三人か四人。

声は小さくないが、決して大声でもない。

あの独特の、誰かを軽く切り刻むために最適化されたトーンだ。


そのすぐ近くとは別のテーブルで、

自慢話をする男がいた。


金の話だ。

三百万円。


――三百万。

大金かどうかは微妙なところだが、

少なくとも「誇るための数字」としては、

ちょうどいいサイズ感だった。


僕はその瞬間を逃さなかった。

スマホを取り出し、ネタ帳を開く。


「金の話をする男は、見透かされる」


口に出しながら、メモを打つ。

いや、打つというより、ほとんど実況だ。


すると、

ディスラーの女の子たちが、

くすっと笑った。


ああ、これは来ている。

受けている。


男は勢いづいたのか、

今度は一億と言い出した。


一億。

急なインフレだ。


僕は間髪入れず、

今度は吹き込みに切り替える。


「三百万じゃ足りなくなって、一億。

吹いてる男は、やっぱり見透かされる」


女の子たちは、

はっきりと笑った。


声を殺すでもなく、

かといって下品でもない、

あの「わかってる人間の笑い」。


ディスラーに、受けた。


昔の僕なら、

この状況は戦場だった。


視線は敵意、

咳払いは挑発、

笑い声は宣戦布告。


丁々発止。

常に臨戦態勢。

言葉は刃物だった。


でも今は違う。


ネタは刃物じゃない。

麻酔だ。


刺さない。

眠らせる。


ディスラーたちも、

敵じゃない。

ただ、刺激に弱いだけの感覚器官だ。


笑って、

一瞬だけ緩んで、

また街に戻っていく。


桜町のドトール。

今日も誰かが吹き、

誰かが見透かし、

そして少しだけ、平和になる。


――麻酔ですよ、ディスラーは。


そう思いながら、

僕はコーヒーを一口飲んだ。

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