ディスラー 地下で考えた幸せ

 桜町バスターミナルの地下。

人の足音と、エスプレッソマシンの低い唸りが混ざり合うその場所で、僕はマイクを前にしていた。ドトールの片隅。ここは不思議と、考え事をするにはちょうどいい。

幸せについて考えようと思った。
あらかじめ結論があるわけじゃない。ただ、最近ずっと胸の奥に引っかかっている感覚があった。

僕の理想は、単純だ。
自分の幸せと、他人の幸せが矛盾しないこと。
それだけだ。

でも現実はどうだろう。
街を歩けば、誰かを見下す声が飛び、誰かの失敗を笑う視線が交差する。ディスラー。人を貶めることでしか自分を保てない人たち。彼らは「他人なんか知ったこっちゃない」という顔で、平気で人を傷つける。

ただ、ふと思う。
彼らだって、そうやって扱われてきたんじゃないか。

「周りなんか知ったこっちゃない」
そう教え込まれる社会。
そう振る舞わなければ生き残れない空気。

その中で、人は人を踏み台にすることを覚える。
それが普通だと、正しいことだと、いつのまにか刷り込まれていく。

僕自身も、例外じゃなかった。
ディスられ続けるうちに、心のどこかで思ってしまう。
「ディスラーなんか知ったこっちゃない」
ひどい時には、「死ねばいい」とさえ。

気づいた時、ぞっとした。
ああ、同じ洗脳を受けている。
加害と被害の立場が入れ替わっただけで、構造は同じだ。

この社会は、明らかにおかしい。
自分の幸せが、誰かの不幸の上に成り立っている。
そんな仕組みが、長く続くはずがない。

それは安定じゃない。
極端に不安定なバランスの上で、かろうじて立っているだけだ。

もし、自分の幸せと他人の幸せが矛盾しない社会があったなら。
誰かを蹴落とさなくても、奪わなくても、満たされる社会があったなら。

そこはきっと、静かで、強い。
怒鳴り声も、嘲笑も、必要ない。
人は人を警戒せず、洗脳されることもない。

地下のカフェで、僕はそんなことを考えていた。
幸せは、競争じゃない。
奪い合いでもない。

その当たり前のことを、思い出すだけでいいのかもしれない。
そう思いながら、僕は録音を止めた。

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