観音菩薩像 2話 ライターだぁ
俺はライター。あの労働基準監督官やる気あんのか。うな蔵の店長に電話してみよう。
「もしもし」
「はい、うな蔵です」
「あ、店長さん? 正木ですけど」
「はい、どうしました?」
「うん、労働基準監督署にそっちに電話してくれって言ってるんだけど、ズルズル先延ばしにされそうなんだ。君から動かないと道は開けないよ。チャレンジしなよ」
「すいません、ご心配おかけして。なかなか勇気が出ないんです」
「そうかぁ。取材がてらオーナーに探りを入れてみたいんだけど、オーナーの電話番号教えてよ」
「はい、いいですけど」
「君に頼まれたとは言わないからさ」
「わかりました、、、」
「じゃあね」
「どうも」
この子いい子だし仕事もできるんだけど上のやつに逆らえないタイプなんだよな。オーナーに電話してみるか。念のためデュアルSIMの副回線使っとこ。
「もしもし」
「はい、どなたですか?」
「うな蔵の客なんですけど」
「はあ、何か?」
「福岡支店の店長さんのことですが、長時間労働で倒れかけてるのご存知ですよね」
「さあ、責任者は彼女なんでそこまでは」
「彼女が病院から受け取った診断書、スルーしたそうじゃないですか?」
「え? それは何かの誤解ですよ。僕は彼女が店をやりたいって言うから出資しただけで、彼女が辞めたければ、それは自由ですよ」
「責任者はオタクでしょう」
「いいえ、本社から権利を買ってるだけです」
「僕はライターですけど、新聞社の役員とラジオのパーソナリティの方に知り合いがいますよ」
「え、脅迫するのか? それって犯罪だぜ。こっちから訴えるぞ」
急に凄まれてドキッとした。
「ど、どうぞご自由に」
「なめんなよ若造」
「いえ、じゃあ失礼します」
なんかやばいことになってきた。まあ、副回線だから大丈夫だろう。脅してやろうと思ったのに逆に脅されてるし。なんかいい手はないかなぁ。編集に電話してみるか、、、。
「正木さん、それは僕の専門外です。いい人を紹介しますよ。社会保険労務士なんですが」
「へ〜、是非お願いします」
「はい、電話番号は、、、」
「ありがとうございます。早速電話してみます」
「はい、いい原稿期待してますよ」
早速電話した。
「はい、社会保険労務士の江田です」
「あ、正木と申します」
俺は一連の流れを説明した。
「失礼ですが、それは通用しませんよ。労基署が店長に電話しないのは社会通念ってやつですよ。労働者に知らない人から電話があって身辺のことを聞かれたら労働者は相手を信用していいのかどうか分からないでしょ」
「そうはいっても店長には労基署の話はしてあるんですよ」
「いやいや労基署は法律を熟知してますからね。あなたが彼らを吊し上げようとしたって無理ですよ。逆にあなたが訴えられる。オーナーにしてもそうだ。本当に訴えられたらどうします」
「オーナーには副回線で電話しました」
「なるほど。記事をフィクションとして書いたらどうでしょうか。それなら何でも書ける」
「あ、そうしましょう。その方が無難だ」
「いいですか、法律を知ってる人間にはかないません。あなたみたいに違法なことをやってはダメです。無茶ですよ。後で違法とは知らなかったじゃ済みませんよ」
「はい、勉強になりました。いやあ、心強い味方ができたなあ。今後ともよろしくお願いします」
「いつでも力になりますよ」
「ありがとうございます。ではまた」
「はい」
改めて法律の重要性が分かった。ちょっと、うな蔵に行ってみるか。俺はバスに乗って店に向かった。
「やあ」
「あ、正木さん」
「どう? 体調は」
「はい、まあなんとか。でも家に帰ったら、すぐに眠るだけ、正直しんどいです。でも、なかなかやめられなくて」
「ふ〜ん。あ、ひつまぶしね」
「はい」
間も無くひつまぶしができた。美味い。このスピードでこのうまさ。しかも1100円とは。彼女がこの店を続けたいという理由がわかる気がする。食べ終わってトレイを返す。
「これ社会保険労務士の江田さんの電話番号。優しいおじさんだよ。ここなら電話での相談料は無料だから。話するだけでも法律に守られてるんだってわかるよ」
「はい、いつもありがとうございます。あ、それから今度本社の人が来て夕方のバイトの子の指導をするって」
「へ〜、じゃあ夕方から休めるかもね」
「そうなるといいんですけど」
「それっていつ決まったの?」
「だいぶ前に。報告が遅れてすいません。オーナーが本社にかけあってくれたみたいです」
「へ〜、あのオーナー、そういうことは言ってなかったな。自分の手柄はひけらかさないタイプかな」
「そうですね。なかなかの人ですよ。悪い人ではありません」
「ふ〜ん。じゃあ、またね」
彼女がぺこりと頭を下げる。僕は軽く手を振って店を出た。どうしようもないかと思ってたけど、なんとかなりそうだ。捨てる神あれば拾う神ありか、俺は本当に神様っているのかも知れないと考えていた。
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